ポンペイ遺跡は、「ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域」として、1997年にユネスコ世界遺産に登録されました。西暦79年に起きたヴェスヴィオ火山の大噴火により、火山灰の下に埋もれてしまったポンペイ。約2000年前の遺跡とは思えない良好な保存状態です。道や壁画、パン屋や浴場に至るまで、当時のポンペイの人々の、質の高い豊かな暮らしぶりがうかがえます。
なお、現在発掘されているエリアだけでも44ヘクタール。東京ドームのおよそ10倍です。しかも、現在も新しい遺跡が発掘されています。一生に一度かもしれないポンペイ遺跡巡り。遺跡を訪れる前に、見どころを押さえて効率よく観光したい遺跡です。
ポンペイ・スカービィ秘儀荘駅から「マリーナ門入口」へ

ポンペイ遺跡の「マリーナ門入り口」に着いたら、まずは隣接するInfo Pointへ。ここには、日本語で書かれた無料の小冊子と地図があります。地図を受け取ったら「マリーナ門」へ。その手前には「郊外の浴場」があります。そして門を抜けると右手に「バジリカ」、左手に「アポロ神殿」、その先の「フォロ」広場へと続きます。
2000年前の街並みを自分の足で歩けるのは、たまらなく貴重な経験です。ただ、見どころがたくさんあるので、じっくり見て回るには一日では時間が足りません。

ここで特に注目したいのは、かつてのポンペイの中心地、RegioVII(第7地区)とRegioVIII(第8地区)。門から続くマリーナ通り沿いにあります。そして、「フォロ広場」を囲むように「ジュピターの神殿」「市場」「穀物倉」「コミティウムと市庁舎」「体育場」などの公共施設が集まっています。まずはここを起点に、周囲を巡るルートがおすすめです。
ジュピター神殿周辺の建物と犠牲者の石膏型

世界遺産・ポンペイ遺跡の中心にそびえるのは「ジュピターの神殿(VII.8)」。ヴェスヴィオ火山を背景に、左右対称のアーチ門を備えています。ポンペイがローマの植民地となった後、さらに手が加えられ、フォロ広場を彩る神殿となりました。その姿はLucius Caecilius Jucundus家(V.Insula1.26)のラル神の祭壇に彫られた小さなレリーフにも描かれています。

ジュピター神殿とアポロ神殿の間には、かつての「穀物倉(VII.7)」が。ここは現在、出土品の保管庫として使用されています。大きな穀物倉の中は、壺や柱の断片など9,000点以上が整然と並びます。

この写真は穀物倉に置かれた噴火の犠牲者。そのほか、犬の石膏型も保存されており、2000年前の災厄を今に伝えます。

穀物倉以外の建物にも、犠牲者の石膏型が資料として残されています。積もった火山灰に埋もれた人たちの遺体が腐乱してできた空洞に石膏を流し込み、その姿を再現したものです。

さらに「アポロ神殿」へと進みます。ここはポンペイで最も古い聖域のひとつ。紀元前6世紀のアルカイック期には、すでに完成していたことが出土品により判明しています。敷地内には円柱が整然と立ち並び、中央には祭壇が。

現在この神殿の中央に置かれているアポロン像はレプリカです。ヘレニズム時代の作品である、オリジナルのブロンズ像は、ナポリ考古学博物館に大切に保存されています。
古代ローマで最も古いスタビア浴場

ポンペイ遺跡にある「スタビア浴場(VII.1.8)」は、古代ローマで最も古い浴場のひとつ。その歴史は、紀元前2世紀まで遡ります。建物は広い中庭を囲むように配置され、当時の浴場文化がしのばれます。

何より素晴らしいのはその設備と機能。壁の中に配管を通す暖房に加え、窯の熱気と可動式の火鉢で温めるニ重構造の床暖房まで備えられていました。2000年前の発想とは思えない技術です。
夏は涼しく、冬は暖かいドイツの家を思い出します。今更のように「ZEH水準の省エネハウス」を提唱し始め、「夏は暑く冬は寒い家」で当たり前のように生活している日本とは比べ物になりません。

浴室の壁や天井には、繊細な絵画やレリーフが施されています。さらに円形浴槽のドーム型天井には、光を取り込むガラスの天窓が。ここから柔らかい光が差し込んでいました。施設は男女別で、それぞれに低温・中温・高温の3つの浴室が用意されていました。とても贅沢な空間です。
また、ジュピター神殿の裏手にある「フォロ浴場」も見逃せません。こちらも美しい装飾が残されています。スタビア浴場と見比べることで、古代ローマの浴場文化の理解がさらに深まります。
ポンペイ遺跡に残る娼館・ルパナーレ

ポンペイ遺跡の中でも異彩を放つのが、「娼館・ルパナーレ(VII.18)」。「スタビア浴場」の入口から西側へと浴場沿いを進み、横道に入ると現れる2階建ての建物です。

当時この施設では、主に東方やギリシャ系の女性奴隷たちが働いていました。建物の2階は、オーナーと女性たちの住居として使われ、1階には2畳ほどの小さな部屋が5部屋並んでいます。各部屋には石造りのベッドが備え付けられており、当時はその上に寝具を敷いて使用していたそうです。

ここを訪れた客の多くは外国人。言葉が通じなくてもサービスの内容が伝わるように、壁に絵が描かれています。これらのフレスコ画は今でも色鮮やかに残されており、2000年前のポンペイの一場面を物語っています。
ポンペイ遺跡内に30軒以上もあるパン屋と発掘されたポンペイのパン

「娼館・ルパナーレ」から北へ進むと、石のひき臼とパン窯が残る「パン屋(VII.19)」があります。ポンペイ遺跡内にあるパン屋は、確認されているだけでも30軒以上。VI.7でも大きなひき臼とパン窯を見ることができます。

この「パン屋(VII.19)」から少し離れた「大運動場(II.6)」の回廊には、ポンペイ遺跡から発掘されたパンが展示されています。2000年前のパンを見ることができる貴重な場所です。写真がそのパン。厚く積もった火山灰に押し潰されたような形状が見てとれます。どのような味と食感だったのでしょうか。
再びルパナーレ通りをスタビア浴場沿いに戻り、道をまっすぐ進むと、大型施設が次々と現れます。「サンニウム人の体育場(VIII.9)」をはじめ、「大劇場(VIII.10)」、「劇場のクアドリポルティコ(VIII.11)」、「小劇場(VIII.12)」など、ポンペイの娯楽文化を感じさせる建物が並びます。
ポンペイの有力者の住居・メナンドロスの邸宅

RegioVIIIの東に隣接するRegioIには、邸宅や農園などの見どころが14か所あります。なかでも注目は「メナンドロスの家(I.7)」。広い中庭を囲むように、円柱で支えられた回廊があります。修復すれば現代でも住めそうな大邸宅。ここは、皇帝ネロの2番目の妃の親戚にあたる、有力者ポッペイ一族の住居でした。
同じくポッペイ一族の住居だった「チェトラ奏者の家(I.1)」は、2700平方メートルにも及ぶ広さ。ここは屋根がないので、壁に囲まれた迷路を歩いているような気分になります。さらに「カスカ・ロングスの家(I.2)」と「ステファヌスのフロニカ(I.3)」へ。
洗濯屋と飲食店・テルモポリウム

「ポンペイの赤」と呼ばれる赤い壁画が残るステファヌスの家。彼はここで洗濯屋を営んでいました。アナトリウム中央にある雨水を溜めるインプルヴィオには、大きな洗濯用の貯水槽が置かれています。玄関近くからは貨幣と人骨が発掘されました。売上金を持って災害を逃れようとしたステファヌスだと言われています。

「ヴェトゥティウス・プラキドュスの家とテルモポリウム(I.10)」は飲食店です。ここでは温かい食べ物や飲み物が提供されました。カウンターの穴は、料理用の壺を入れる穴です。このようなテルモポリウムはポンペイで89か所発掘されています。当時は自宅にキッチンがない家庭も多く、外食文化が非常に発達していたことを物語っています。
ここではテラコッタ製のかめの一つから、最後の売上金だと思われる約3キロもの貨幣が発掘されています。カウンターの奥に進むと、トリクリニオとフレスコ画で彩られた住居につながります。トリクリニオは長椅子に横たわりながら食事を楽しむ饗宴用のスペースです。
ポンペイ遺跡の円形劇場と大運動場

「円形劇場(II.5)」は、古代ローマ時代に造られた劇場の中でも最古のもの。収容人数は2万人。大勢の観客の動線も考慮し、ポンペイの中心部から離れた場所に建てられました。写真が円形劇場。左右にある傾斜は階段です。左右の両方向から上層階へ登れ、スロープで下層階へ移動できるように設計されています。

円形劇場の西側には、屋外の「大運動場(II.6)」が広がります。回廊で囲まれたこの空間には、先ほどのパンも含めた、発掘品が展示されています。また、このあたり一体がかつてブドウ畑だったことから、今でも当時と同じ種類のブドウを試験的に栽培しています。ブドウ畑が続く田園風景の先には、ヴェスヴィオ火山が悠然とそびえています。

そこからノッチェーラ門(II.9)を通り抜けると、ネクロポリスと呼ばれる記念墓碑が建ち並ぶが区域へ。かつての墓地も、今では他の遺跡同様、興味深い場所の一つです。
ヴェスヴィオ火山方面に向かい、秘儀荘へ

次は、IX、V、VI地区へとヴェスヴィオ火山方面に向かいます。そして、円形劇場の対極に位置する秘儀荘方面へ。途中の「スタビアナ通りのマルコ・ルクレツィオの家(IX.1)」は、細かく美しいモザイクのあるアナトリウムと大理石の噴水が目を引く邸宅です。
その先のVI地区には見応えのある邸宅群が連なります。その中のひとつ「悲劇詩人の家(VI.4)」は「犬に注意」と刻まれたモザイクで有名です。「黄金のキューピッドの家(VI.12)」、「ヴェッティの家(VI.11)」、「ディオスクーリの家(VI.10)」、「サッルスティオの家(VI.8)」など、保存状態の良い家々が続きます。

「エルコラーノ門」を抜けると「ディオメデスのヴィラ(VI.21)」。この壮麗な邸宅の敷地は、ポンペイで最も壮大な3500平方メートル。そして、そのすぐ隣に「秘儀荘(VI.22)」があります。内部の壁には、ギリシャ神話のワインと豊穣の神・デュオニュソスの信者たちの姿が。鮮やかなフレスコ画として、神秘的な儀式を行う様子が描かれているため「秘儀荘」と呼ばれています。

2000年以上も前の壁画が、今もなお美しく残る秘儀荘。ここもポンペイで必ず訪れたい場所のひとつです。なお、秘儀荘の出口を進むと、ヴェスヴィオ周遊鉄道の駅はすぐ近く。この駅は「ポンペイ・スカヴィ・秘儀荘」です。
ポンペイ遺跡のまとめとアクセス
ポンペイ遺跡には、美しいモザイクや壁画、そして興味深い建築物が至る所に点在しています。ご紹介したルートを巡るだけでも、6~7時間は必要です。
そこで旅行前に、公式サイトの「Visigting Info」から日本語の小冊子と地図がダウンロードしておくのがおすすめ。見逃したくない遺跡や、優先して回りたいエリアをあらかじめチェックしておけば、限られた時間をより有効に使えます。
観光に便利な立地とは言い難いポンペイ。一生に一度の訪問かもしれないからこそ、旅のヒントとして、この記事がほんの少しでもお役に立てれば幸いです。
所在地:Pompei Scavi – Villa Dei Misteri
電話番号:+39-81-85-75-347
アクセス:ヴェスヴィオ周遊鉄道「ポンペイ・スカヴィ・秘儀荘駅(Pompei Scavi-Villa Dei Misteri)」からマリーナ門入り口まで徒歩約1分。
最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。
(この記事は2020年9月トラベルサイトに執筆。その後、自身のブログに移して内容を更新したものです。)
